nooooooote

行きたい時に行きたい現場に行く、一応若俳のおたく。スケート、2~3次元全ての男子バレー関連、若手俳優、隣国アイドルを鬼の形相で追っています。

最後は彼らの意思の指す方へ

 

行けていたならいいなあと思う。自分の一番好きな彼らの曲の歌詞の一部から。

 

二人で、第三者に介入されることなく、自分達でちゃんと決めた道を進んだ結果でありますように。

 

 

 

朝起きたら解散のニュースでいっぱいになっていて何とも表現できない気持ちになって、今の事情に詳しくないなりに覚えている限り元自担がお世話になった彼らの活動を振り返った。そしたらジャニオタとは言えない部外者の身になってもう長いこと、そもそも本腰入れてジャニーズの色んなコンテンツを追っかけてキャーキャー言ってた個人的な全盛期から10年経つことにびっくりしました。

 

ジャニーズJr.からHey!Say!JUMPへ、そしてオタ卒へ。

 

周りが自由なお金と時間の増える大学生活あたりでオタク活動全盛期を迎えるのと真逆を行く形で現場に行かなくなって熱が落ち着いてきた自分にとって、自分の中高生時代に大ヒットを飛ばして自担含むJr.をたくさんつけて色んな場に出てくれたタッキー&翼は、自分のジャニオタ全盛期を鮮烈に彩りまくってくれていた人達だった。

 

 

他担から見たタッキー&翼 

 

 

人生初の推しは堂本剛加護亜依どっちだろう?ほぼ同時だけど初めてお金を使った=CDを買ったのがキンキだからどつよ先生かな?馬鹿みたいにお小遣いつぎ込んでブロマ集めまくってた加護ちゃんかな?とか最近よくツイッターでぼそぼそ言ってたんだけど、その頃くらいからドラマとかバラエティとか色んな場所に露出のあったタッキーのことは認識してたと思う。USOジャパンとか出てた(古代の化石番組)

 

 

ジャニオタ的には推しのことを「担当」とか「自担」と呼ぶわけだけど、なんだかんだあってキンキをそういう対象にすることはなくYa-Ya-yahに出会ったことがきっかけで人生初の「自担」は自分より2つ年上のちびっこJr.と呼ばれるかたまりの中にいた人だった。

なんとなーく名前は出さないけど、後ろにJr.を引き連れてどセンターでマイク持って少クラやYa-Ya-yah(番組)のライブステージで歌うような子だった。たぶんめちゃくちゃ気に入られていた。

 

彼の動向を追うようになった頃タッキー&翼はちょうどデビュー直後で、秋にはジャニオタなら8割がサビを踊れるんじゃないかとさえ思う名曲「夢物語」をリリースして少し離れた弟分の自担やYa-Ya-yahのメンバー数名をバックにつけてメディアに出まくっていた。記憶が正しければベストヒット歌謡祭では、よくあるJr.の黄色いノースリーブの衣装を着たまだ小さい山本亮太や未来のキスマイメンバー二階堂高嗣や千賀健永もいたと思う。同じ衣装の子を横にズラーっと、3列くらい。本当に毎回沢山のJr.を引き連れて舞台に立っていた。

 

お陰様でまだ遠征のできない地方のお子ちゃまだったわたしも自担の様子が沢山見られて熱意を保ったままでいられたなあと今になって思う。あれだけ夢中になれたのも露出が増えたから。ロングヒットになった夢物語のパワーはすごかった。

 

もちろんそれだけじゃなく同年にNEWSニッポンでデビューしていたNEWSも同じだったりするんだけど(自担が薮宏太とコーラスをやっていて音源の声はやぶひかだと思われてるけど僕だよ!僕!と雑誌で謎の主張をしてた)、タッキーのライブでバンコクに連れてってもらったりNEWSのライブで台湾に連れて行ってもらったり先輩の存在はJr.の活動にめちゃくちゃ影響を与えるなあと学んだ2003年でした。

 

 

タッキー&翼はすごく後輩Jr.担にとってありがた~~い存在だったんじゃないかと思う。(「じゃないかと思う」なのは自分がJr.担を離れて長いのであまり最近の事情を知らず、にわかが知る限りの情報から判断したから)

タッキーをソロでデビューさせる意向だった上の人を「翼と一緒に」とタッキーが頼んで今に至る彼らは、誰もがデビューできるわけではないことを身を持ってよくよく知っているし、後輩を気にかけてくれる。

特にタッキーは演舞城や滝沢歌舞伎など幅広い層のJr.と舞台に出たり、自分の活動だけじゃなく多方面に見せ場を作ってくれたり、オタクだけじゃなくJr.本人たちにとってもありがたくて尊敬の対象だったはず。

 

 

KAT-TUN界隈では尖っていたメンバーを咎めることなく受け入れてくれたタッキーに彼らが懐いていたというエピソードもあるらしくて、この件があって初めて知った。彼らがタッキーに懐いているのは知っていたけどそんな背景があったのは知らなかった。

 

ジャニーズWEST藤井流星が翼くんのことを「いいお兄ちゃん」と話していることも今やっと知った。千賀健永が翼くんを誘って友人のように二人でバーベキューを楽しんだことも。

 

そういう風に、それぞれの後輩G担の人だけが知っている「お世話になったエピソード」がそこらじゅうから溢れ出てくるのがタッキー&翼なんだろうなと思う。

 

 

自分が歳をとるにつれてJr.がめちゃくちゃ若くなっていくの時の流れ感じてマジで怖すぎるんだけど、それにつれてJr.たちの憧れの先輩も大体若年化していくのに、今も彼らの名前を出す子が一定数いるのは本当に凄い。

 

 

 

 

推し(自担)が表舞台からいなくなるということ

 

 

先にも書いたようにわたしの初代自担はわりと優遇されたちびっこJr.だった。タッキー&翼のバックにもたくさん付かせてもらっていた。

 

夢物語にはめちゃくちゃたくさんJr.が付くんだけど、その中でたった2人だけ豪華なキラキラした赤と銀のコートの衣装(日によっては3人いて3人目はなぜか青と白のゼブラ柄)を着て一番前で踊らせてもらえる子がいて、それが薮宏太と自担だった(3人目は八乙女光)。

Mステスーパーライブではなぜか薮ちゃんと彼が外周してセンステだかバクステだかにいるタッキーと翼くんのところへ走る様子がピンで抜かれたりした。本当になんでだ。めちゃくちゃシュールだった。超有名音楽番組のカメラに追いかけられるのが嬉しかったのか自担はめちゃくちゃカメラに手振ってた。素人かよ。かわいいありがとうございます。NEWSのコーラスでももちろん出演してた。

 

当時ちびっこの頂点にいたYa-Ya-yahのライバルグループみたいなものが結成されたとき、彼はそのグループのメンバーとしてマイクを持ってMステのステージのど真ん中で歌った。

 

この子の未来は約束されたのでは?と思った直後、彼は突然表舞台から姿を消した。

 

 

これまで何度か突然消えても 何度も戻ってきたからまたすぐ戻ってくるだろうと思っていたら、突然長い間姿が見えなくなって、しばらく経って一般人になった彼のブログでそのことを知った時は抜け殻みたいになった。

 

退所の理由はわりとしっかりしていた。あまりにも気に入られていたからなのか、何度か怪我や学業で活動休止してもまた同じ場所に戻ってこられる位置にいる自分に何か思うところがあったらしいのと、舞台で怪我をして活動を休止したときの体験がきっかけで学校生活を優先したい気持ちが大きくなったのとで、自担は早々にジャニーズ事務所を辞めた(今は消えている本人高校時代のブログにて語られてた)。

 

 

 

ものすごく好きな対象の姿がもうステージで見られなくなったんだと思ったときはどうしようもなく悲しかった。初めていろんな情報を追ってメディアの露出を全部録画して、いろんなことを知りたいしもっとステージに立つ姿が見たいと思った人だった。

 

 

彼の活動期間は今回の事とは比べられるものではないけれど、彼らのファンの人達が今どんな思いでいるだろうと思うとなんとも言えない気持ちになる。ずっと好きなものがずっと見られなくなる。何も言えないし、当事者達にしかわからない。

 

 

わたしの場合は彼が事務所を辞めたあとも彼と同世代で頑張っていた子達の動向を追っていたけど、結局あの時のような熱量にはできず、Hey!Say!JUMPのデビュー後しばらくは気持ちが盛り上がったものの大学生活でみるみるうちにジャニーズ離れが進んで今に至る。

自分で思っていた以上に彼の存在が大きかったことに、数年たって熱が治まりきった後にやっと気付かされた。

 

表舞台に、ジャニーズのステージに自分の好きな人がいないということがあまりにも大きかった。自分の好きな人の選んだ道を受け入れたようで受け入れられていなかったらししい。オタクってめんどくさい。

 

でも、それだけ気持ちを入れて応援して待っていたってことなのだからどうしようもないし落ち着くまで放っておいて欲しいし、この子はどう?とか鞍替え先を進めてくるのもあの件どうなの?とそこまで興味ないくせに職場で聞いてくる謎のハラスメントも本当にやめてほしいし、二人のファンができるだけそういう目に遭わないことを願うばかり。

 

かくいうわたしももうテレビ付けて「わ~知念くんでてる~見よ~」くらいのジャニオタとは言えない部外者っぷりなので独り言とはいえこのブログを見たたきつ担の方の気持ちを害していたらそれこそおまいうだよなあ

 

 

 

タッキー&翼と自担

 

 

夢物語がすごく大きかったのもそうなんだけど、もう一つ初演の「DREAM BOY」は外せない。通称ドリボ。タッキーが帝劇最年少座長を務めた作品。自担の口から語られたことは殆どなかったと思うけど、きっとたくさんタッキーから学んだことはあったはず。

 

そして自担の転機になった舞台でもある。彼の中で色々と見方が変わったらしい出来事が、このドリボでの怪我・降板だった。確か舞台から落ちた?とかで足を怪我したって言ってたと思うけど、結構大事だったはずなのに曖昧です。怪我降板して入院している間に同級生がお見舞いに来てくれて~とかだったかな?もっと色々言ってたはずだけど魚拓取ってないので覚えてない。

とにかくその時にもっと学校での生活を大事にしたいと思ったみたいです。

 

もしドリボに出て怪我をしていなければ今もジャニーズでいてくれたのかなあとしばらくは考えてたこともあった。たらればなんてないけど。

 

 

自担自担とここまで呼んできた初代自担の彼がまた戻ってくるだろうと信じて待っている間に好きになったのが、今はタッキーが名づけ親のグループSnow Manとして活動している渡辺翔太と、公開オーディションで見つけた山田涼介。当時2人はシンメになることが多くて、踊りに定評のある二人が対称の位置でVenusを踊るのを見るのがめちゃくちゃ好きだった。

 

そういえば山田涼介も出ていたYa-Ya-yahの公開オーディションの課題曲も夢物語だったなあ。まだダンスのダの字もわかんないような男の子達が夢のチャンスを掴むために必死に踊る姿を思い出した。

 

自担が辞めたと知った後は渡辺翔太担当を名乗るようになった。名ばかりで見ているのはほとんど山田涼介だったけど。

 

二人とも大ヒット曲Venusのバックに付いていたこともあったし、山田はHo!サマーとかいうスーパー楽しい夏ソングのバックに付いて頻繁に音楽番組にも出た。浮き輪を持って二人とアイコンタクトを取ったりしながら楽しそうに踊っていた姿が今でもすぐ目に浮かぶ。どっちも今でも踊れる。振り覚えてる。

 

自分の好きな子達が大きな舞台で踊る機会をもらえたのも自分が楽しい思いをできたのもタッキー&翼の曲やその活動が増えたおかげなところがやっぱり沢山あった。

 

空のスクリーンでタオルをぶんぶん回したり、Venusや夢物語で一緒に手の振りをやったり。雨の日の帰り道にステッキの代わりに傘を使って愛想曲をやってみたり。×~ダメ~のバックに新しく好きになったJr.の子を見つけて嬉しくなったり。

 

 

自分の知らないうちに、思っているより自分の中に彼らの曲との思い出がたくさんある。

 

 

 

To be, or not to be

 

解散するかしないか、1人でも活動を続けるか続けないか。両立を試みるのか表に出ることをやめ自分の全てを注ぐのか、先はわからなくとも残留するか一度きっぱりと断ち切るのか。

 

果てしない旅、どっちを選べば幸せになるだろう?と勇ましくて綺麗な声で歌う2人のこの歌が自分の知っている彼らの歌の中で一番好きです。

 

本当に彼らが自分達で話し合って決めた道なのならきっとなにかやり遂げてくれる、と期待を押し付けるのも今は違うのかもしれないけど、これから起こることを見届けたい。沢山の素敵な彼らの曲をなかったことにならないようJr.たちが歌って繋いでいってくれたりしたら嬉しい。

すごく一方的で曖昧な願いであるのはわかってるけど、彼らが自分の決断を信じて進んだ先に見えたものが彼らの望んだものだったら嬉しいし、正解じゃなくてもそれでいいと思える未来になりますように。

 

 

最後は彼らの意志の指す方へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

めちゃくちゃどうでもいい余談。

 

早々に事務所を辞めた件の自担はもう一生姿を見ることはないと思っていましたが数年後からアマチュアで音楽活動を始め現在もバンドマンとして細々活動しています。

 

ジャニーズにいた彼が好きだったのでもう何の情報も追うこともないしライブに行ったりもしませんが今でも元気に楽しくやっている様子を見たくてたまにツイッターを覗いたりはする。本当にたまーに、元気にやってるか気になって見に行く。

 

 

最近沢山の人が事務所を去っていくけれど、元自担の今の姿を見ていると、これから彼らともいろんな再会の形が生まれるのかなあと思う。